Refused Reality(元・現実を拒絶した夢の中)
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「姉上ー、ただいま戻りました」
「そーちゃん、お帰りなさい。・・・あら?そちらは?」
優しげな風貌の女性が二人を出迎える。
年の頃は自分とそう変わらないだろう。銀時は軽く会釈をした。
「今日、アイツが拾って来たんです」
「アイツ?・・・あぁ、十四郎さんが?」
沖田の説明にふわふわと笑い、彼女は銀時に向き直った。
「はじめまして、そーちゃんの姉の沖田ミツバと申します」
「俺は坂田銀時。お宅の弟さんに話題提供しろって言われて連れて来られましたァ」
そう言えば、沖田がムッとして振り返る。
「そういうの、フツー黙ってるもんだろ!!」
「いやいや、隠し事はいけないよ。そーちゃん」
「!・・・お前にそーちゃんなんて呼ばれたくない!!」
「こら!そーちゃん!・・・ごめんなさいね、悪気はないんですよ」
叱りながら沖田を抱きとめるミツバに、銀時は頷く。
「あぁ、わかってるよ。表に出してるよりは嫌われてねーってのは」
でなければ、あれ程大事に思っているらしい姉に会わせようなどとはしないだろう。
「あらあら・・・良かったわね、そーちゃん」
「・・・ッ!!」
フイッと顔を背けた沖田の頬に朱がさしていて、素直じゃないなと思う。
「・・・ここは、戦争に巻き込まれずに済んだんだな」
ポツリ、と銀時が呟くように言う。
「ええ、こんな田舎ですから」
「・・・・・・そうか・・・」
「・・・あなたは、戦争に参加されてたんですね」
ミツバに言われて目を瞠る。土方にも言われたことだが、そんなにもわかりやすいだろうかと思う。
「そんなにわかるもんか?」
「雰囲気でわかりますよ・・・ああ、この人は一瞬も気を緩めることのできない場所で暮らしてきたんだなって、そう感じるんです」
微笑みの中にも悲しみが窺えて、銀時は苦笑した。
「なんで、アンタがそんな顔するんだ。人の痛みまで感じとる必要なんざねェよ」
「・・・痛みばかりを感じ取っているわけじゃありませんよ」
やんわりと否定して、ミツバは縁側へと銀時を招く。
「そーちゃん、あなたは荷物を置いてらっしゃい」
「はい、姉上」
素直に従う沖田を見送り、銀時は溜息を漏らす。
「アンタと近藤さん以外には懐かねェって感じだな」
「あら、あなたにも懐いてるみたいに見えるんですけど。・・・今日会ったばかりなのに、あの子ったら遠慮も無しにあなたにひっついて。・・・珍しいんですよ、初対面の相手にあそこまで近付くの」
「・・・アイツの嫌いなヤツに似てるらしくてね」
銀時が肩を竦めると、ミツバはクスクスと笑った。
「ああ、それで。・・・確かに、近藤さんの道場に来たばかりの頃の十四郎さんに似てるかもしれませんね」
「・・・迷惑かける前に出て行こうって思ったんだけどな。お宅の弟さんに引き留められたよ」
「理由、言ってました?」
「近藤さんが探して追いかけるから、だと」
「そーちゃん、あなたに十四郎さんを重ねて見ているのかもしれませんね」
「だとしても、十四郎と俺とでは状況も何もかも違うんだがな」
銀時が言えば、ミツバは表情を暗くした。
「・・・残党狩りを幕府が命じているそうですね」
「だからだよ。俺の容貌は目立つ・・・それに、匿ったりなんかしたら、同罪だと言われかねねェし」
「・・・それでも、救った命をはいそうですかと放り出すような人じゃありませんよ、近藤さんも十四郎さんも・・・もちろん、私やそーちゃんも」
「あーあ・・・厄介な連中に拾われちまったな・・・」
それでも、嫌だと思わない自分がいる。
こんなお人よしの連中を巻き込むわけにはいかないと思いながらも心地が良くて。
もし、赦されるのならば―――。
「坂田さん・・・」
「ん?」
「・・・私はそれ程長くないと思います。だから、そーちゃんのことお願いできませんか?・・・近藤さんも十四郎さんもいますけど、坂田さんもいてくだされば、もっとそーちゃんは寂しくないと思うんです」
「おいおい、やめてくれよ・・・俺は人を世話できるような人間じゃない」
「いいえ、わかります。・・・あなたは人一倍誰かを護ろうとする人です」
心を見透かされたような気がした。
護りたい。
己の魂を。魂に刻んだ願いを。
大切な人を―――護りたい。
「・・・・・・ったく、姉弟して俺を引き留めようとして」
苦笑する。
幼い頃の穏やかな生活を、何度戦場で夢見たことだろう。
ここにあるのはそんな穏やかな生活だ。
人が近付いても寝こけていた時点で気付くべきだった。もう己はこの場所に囚われている。
「だって、あなた放っておけないんですもの。・・・あなたは独りになってはいけない人。護るべき相手がいてはじめて強くなれる人です」
重なる。
ミツバの笑みが、あの人に。
「ひでェなぁ・・・俺ァ・・・」
言葉を詰まらせ、銀時は俯く。
「ここにいてください・・・ここはあなたの心の傷を癒すのに最適な場所だと思いますよ」
ミツバのやわらかな声が耳に届く。
―――先生・・・また、護りたい人達ができました。
今は亡き師も喜んでくれるだろうか。
師の教えを今度こそ守ろうと、そう、誓った。
***
銀時が土方に拾われて一週間が経った。
すっかり体調も元通りになり、銀時は初めて近藤の元に来ている沖田と土方以外の門下生達に引き合わされた。
皆、近藤の人柄に惹かれて通っている者達ばかりで、道場主と門下生というよりも兄弟といった方が良いような気安い関係だった。
そして異物であるはずの銀時に嫌な顔ひとつ見せず、近藤が拾ったと言えば、またかと笑っただけで受け入れられてしまった。
「(先生に拾われて塾に連れて行かれた時みてぇ・・・)」
「近藤さんはああ見えても人を見る目があるんだよ・・・俺達ァ、その近藤さんの目を信じてんだ」
土方が遠巻きに彼等を見ていた銀時に近付いて来てポン、と背中を叩く。
「・・・ん」
「・・・・・・出てこうとしたって?」
「・・・あぁ、まぁ・・・そーちゃんとそのおねーさんに止められたけどな」
「らしいな・・・アイツ・・・ミツバから聞いた」
「そっか・・・」
沈黙が訪れる。だが、それすらも心地良いと感じる。
「ずっと忘れてた・・・こんな気持ち」
「・・・戦争ってのは、そんなにひでぇもんだったのか?」
「終盤じゃ仲間内でもピリピリしてたな・・・意見の違いとか・・・脱走者もいたし」
あの時のことを思い出すと、苦いものが口の中に広がる。
大勢の仲間が死んで、それにいちいち悲しむこともできずに突き進んで行かなければならなかった。
心が麻痺していくのを感じながら戦ってきたのだ。
「もう、戦争は終わった。・・・皆、天人の支配を受け入れる覚悟ができちまった。これからこの国は天人の持ち込む物でいっぱいになるんだろ。支配されるぶんその恩恵も受けられるってワケだ」
土方がそう言って銀時の表情を伺う。
「・・・そうだなァ・・・元々、俺ァ攘夷とかそんなんどうでも良かったし・・・天人追従って言われても抵抗はねェな」
「そうなのか?」
銀時が頷けば、土方は軽く目を瞠り首を傾げた。
「ああ、ダチが先に参加するって決めてな、そいつ等を護りたくて付いて行ったんだ」
結局護れなかったけどなァ、と呟く銀時を見つめ、土方は溜息をついた。
「俺もだ・・・兄貴を護れなかった」
「?」
「・・・村が大火事になったことがあってな、俺の実家は結構な豪農で・・・火災に乗じて暴漢が押し入ってきたんだよ・・・俺が何人かは返り討ちにしてやったんだが、やり損ねた奴に逆に襲われかけて、兄貴に庇われた」
「・・・その兄貴ってのは、どうなった?」
「目ェ、やられてな・・・何にも見えねェんだってさ・・・」
「そっか・・・」
ここまで似た境遇の人間とこうして出会うなんて、なんという偶然なのかと嘆息する。
「なぁ、十四郎・・・もし、残党狩りがここまできたら・・・」
「テメェを差し出せって?・・・冗談じゃねェ。一度は助けた人間を見捨てるわきゃねェだろ。近藤さんだってそんなの許さねェよ」
「・・・俺、まだ何も言ってねーのに」
「言われなくてもわかる」
「あっそう・・・」
ミツバの言った通りの答えが返ってきて、銀時は肩を竦める。
見上げれば雲ひとつない青空が広がっていた。
戦場では晴天は嫌われた。曇天や雨天の方が敵から姿を隠せるからだ。今は、晴天を恨めしいと思うことはなくなった。
「いい天気だなぁ・・・川でも行くか!」
近藤がそう言うと、門下生達から歓声があがる。
6月も下旬、武州にも夏がやってきた。
「・・・川か・・・」
「テメェはやめとけよ。せっかく傷がふさがったんだ」
間髪を入れず土方に言われ、ムッとする。
「わかってんよ・・・」
傷が治りきらないままに放置していたから、あちこちが化膿していた。
手当てを受けていなければ、未だに痛んだに違いない。
「手当てする暇もねェくらいに・・・テメェ等は戦ってたんだな」
「・・・戦争なんざ、するもんじゃねェ」
「後悔、してんのか?」
「いや・・・後悔はしてねェよ・・・ただ、今となっちゃ無駄に犠牲を増やしただけだったのかもって、冷静に考えちまうんだよな・・・」
失われなくても良い命を、自分達が立てた作戦で失わせた―――のかもしれない。
「んなもん、テメェのせいじゃねぇだろ。・・・戦争に参加するって決めたときから死ぬ覚悟が出来てて当然だ。違うか?」
覚悟。そう言われて、銀時は苦笑した。
「・・・俺ァ、死ぬ覚悟なんてしてなかったなァ・・・俺がしてたのは、生きる覚悟だ」
「・・・そういう覚悟も有り、だな」
フッと土方は笑った。
「おーい!トシ、銀時!・・・川行くぞぉ~!」
すっかり準備万端の近藤がブンブンと手を振っている。
「今行くよ、近藤さん!」
そう返事をして、土方がバシッと銀時の背中を叩く。
「行くぞ、銀時」
「・・・おう」
ここは平和だ。
いつまでも、この平和が続けばいい。
この夜叉の力を眠らせたままでいられるように―――。
***
「がははは!ほら見ろ、総悟!でっけぇ魚だぞ!!」
豪快に笑いながら、近藤が手掴みで魚を持ち上げる。
「すげぇや!近藤さん!」
「(ふんどし一丁で・・・ほんと、平和だな。ここは)」
川で水浴びをする面々を眺めながら、銀時がふっと笑みを漏らす。
廃刀令に従うつもりではいるものの、丸腰に未だ抵抗感のある銀時は、近藤に言って道場から木刀を借りて腰に差している。
「よぅし!もっと獲って、今日の夕飯を豪華にするぞ~!!」
張り切る近藤に、門下生達も負けじと川の中に手を突っ込む。
それは土方や沖田も例外ではない。
「・・・楽しそうだなァ」
子どもの頃に川遊びをした記憶がよみがえり、懐かしさに目を細めた。
その時複数の人の気配が近づいてくるのを感じ、銀時は何気なくそちらに視線を向け、表情を強張らせた。
「こんなところで・・・水遊びかよ・・・俺達がどんな思いで戦ってたかも知らねぇで、のん気なもんだ」
「魚か・・・貴様等それを寄越せ。国のために微衷を尽くした志士への捧げ物とせよ」
ボロボロになった戦装束、荒みきった目。
こんな平和な場所にも、敗戦の余波がやってきた。己が辿り着いたのだから他の志士も辿り着く可能性はあった。
しかもこんな恩着せがましいことを言って、たった数匹の魚を巻き上げようとするほどに、この志士達は追い詰められている。
近藤達は言うまでもなく丸腰だ。荷は銀時の足元にある。ここまで来る前に志士達の持つ刀の餌食になってしまうだろう。
「・・・フン、偉そうなこと言って、負けた奴らに捧げるもんなんかない!」
「そ、総悟!!」
沖田が怒りをあおるような言葉を口にして、近藤が慌ててその口を塞ぐ。
「何ィ?・・・貴様、我等攘夷志士を愚弄するかァ!!」
「子どもとて容赦はせぬぞ!!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!!・・・こいつはまだ小さくて―――」
色めき立つ攘夷志士達に、近藤が謝罪を口にしようとしたときだった。
「・・・謝る必要なんざねェよ、近藤さん」
土方が近藤を制して前に出た。
「情けねェとは思わねェか?・・・丸腰の相手脅してたった数匹の魚巻き上げて、攘夷志士の名が聞いて呆れるぜ」
「何だと!!」
挑発とも取れるその言葉に、とうとう志士達は腰のものを抜いた。
「と、トシ!!」
慌てる近藤には見えていなかったが、土方には見えていた。
彼が不快そうに眉間にしわを寄せ、腰に佩いた木刀に手をやるのを。
「(お手並み拝見ってヤツだな)」
ニ、と笑った土方めがけ、志士達が飛び掛ろうとし―――その中の一人の刀が弾き飛ばされた。
「っ、何!?」
志士達が目を瞠る。
いつの間に銀時が目の前にきたのか、わからなかったらしい。
もちろん、近藤達も目を丸くしてこちらを見ているのを背中に感じた。
「ほんっとに、情けないったらありゃしねぇ・・・敗走すんのはしょうがねぇにしても・・・丸腰の相手に刀向けたらおしめェだろうがよ」
トントンと木刀で肩を叩き、志士達を睨みすえる銀時。
よく考えてみれば、所属していた部隊では幹部扱いで顔も知られていたが、他の部隊にはその容姿と二つ名のみが伝わって、真実の姿を知るものはほとんどいない。
目の前の相手を見れば、自分の容姿を見てもぴんと来た様子はない。
それも当然だろう。銀時のまだ少年の域を出ていない体つきは、尾ひれがついて広まった“白夜叉”像と似ても似つかぬものだったのだから。
「おのれ、小童がなめおって・・・!!」
あの一瞬で実力差はわかったはずだった。なのに、銀時が手を抜いていることにすら気づいていない。
おそらく、近藤達にはわかったのだろう。後ろで息を呑んだ様子が伝わってくる。
―――怖い。アイツ、あんなに血で真っ赤に染まって、まるで血をすすってるようじゃないか・・・!!!
戦争に参加したばかりの頃は心無い言葉に傷ついたこともあった。
次第に“白夜叉”とはそういう“モノ”だという認識に変わっていき、わずか数人にしか心を開けなくなった。
それでも、この力は大切なものを護るために揮おうと決めていたから、まっすぐに進んでこれた。
「(先生、俺は・・・こいつ等を護りてェんだ。もし、拒絶されたとしても・・・護れないよりかはずっとマシだ)」
刀を振り上げて飛び掛ってきた志士をひらりとかわし、そのわき腹に木刀を叩き込む。
「ぅぐ!!」
どう、と倒れた志士には目も向けず、銀時は次の相手の肩口に突きを繰り出す。
「ぐあぁッ!!」
二人とも骨の一、二本はイっているはずだ。これで退くならば良し、退かないならば・・・。
「キサマァ!!」
・・・ぜんっぜん退く気はないらしい。
「・・・はァ、お前等よく生き残れたな・・・」
思わず感心してしまう。
彼等を指揮した隊長格の人間がよほど優秀だったのか、戦場にほとんど出たことがない補給部隊だったのか、どちらにしてもよく残党狩りから逃れて生き残れていたものだ。
フッと息を吐き、残った連中を片付けるために銀時は木刀を構えた。
***
まるで、舞を舞っているかのように銀時は志士達を翻弄し、木刀で昏倒させていく。
ほんの少しの間銀時に彼等の気を引いてもらえれば、荷の中にある練習用の竹刀や木刀で応戦できると考えていた土方は、呆然とその姿を見ていた。
「・・・思ってたより、強いなァ・・・」
近藤も目を丸くして呟く。
傷の手当をした際にその筋肉のつき方を見て、コイツは相当強いと口にした近藤の目は間違っていなかったということだ。
その発言のせいで沖田が最初から噛み付いたのだが。
その沖田がどんな反応をしているのかと視線を送れば、純粋にその強さに見入り、頬を紅潮させて目を輝かせている。
ありゃオチたなと思った。あの目は近藤を見る目と同じだ。
そもそも、銀時は己のように沖田に嫌われてはいない。なぜそういう流れになったかはわからないが、会ったその日に自宅へ連れて行ったのだから、相当気に入られたのだろうと近藤が言っていた。
更にはこれほど強いとなれば、沖田がオチるのも当然と思えた。
と他人事のように分析しているが、土方もまた、銀時の決まった型がない我流のもののように見えて、舞のような美しさがある戦い方に見惚れている。
アレはすごい。攘夷戦争末期を戦い抜いてきた者の強さをまざまざと見せ付けられてしまった。相手の志士達もそれ相応に力はあったのだろうが、格が違いすぎる。
あっという間に志士達をのしてしまった銀時は、息切れひとつせずに彼等を眺め、肩を落とした。
同じ攘夷志士を名乗る者達の堕落ぶりに落胆したのだろう。そう思ったら何か言わなくてはと口を開きかけ、スッと脇から近藤が動いたのを横目に見て口を閉ざした。
「いやァ、強いなぁ!!銀時!」
バシン、と背中を叩かれて銀時が前につんのめる。
「・・・イテェよ!!近藤さん!!」
非難する銀時の表情が、一瞬ほっとして緩んだのに土方は気づいた。
「おお、すまんすまん!・・・しかし、加勢するつもりだったんだが俺達の出番はなかったなぁ~!」
「あ、ごめん・・・気分悪くしたのはお前らだったのに、俺が全部取っちゃったな」
銀時が苦笑したときだった、ガバリ、とその腰に沖田が引っ付いた。
「うぉ!?」
「お見逸れしやした!銀時の兄貴!!」
「ふへ!!?」
素っ頓狂な声をあげた銀時の気持ちが痛いほどよくわかった。
なんだその態度の変わり様。
ツッコミを入れたかったが、この場の空気がそれを許さなかった。
「俺に稽古をつけてくだせェ!!」
キラッキラとした目に見つめられて、銀時が身じろぎする。
「ちょ、ちょっと待てって・・・銀時の兄貴って・・・」
「お嫌でしたか!!じゃあ、銀兄ィって呼ばせて頂いてもよろしいでござんすか!?」
「あー、えーと・・・???」
目を白黒とさせる銀時は、なんでいきなりこんなに懐かれているのかさっぱりわからないといった表情だ。
「あっはっはっはっ!!すっかり総悟に気に入られちまったなァ、銀時。好きに呼ばせてやってくれ。コイツがこんなに懐くのは本当に珍しいんだ」
そう言って近藤がダメ押しすれば、彼はがくり、とうなだれた。
「もう、好きにして・・・」
疲れた声を出した銀時に、他の門下生達も近付いてそれぞれに声をかけている。
離れた場所から見ていた土方には、銀時の表情の変化がよく見えた。
どんな状況下で戦っていたのかは知らないが対人関係はあまり良くなかったらしい。土方がそう気付いてしまうくらいに銀時は身構えていた。
とはいえ近藤達の底抜けに明るい表情と言葉に、怯えが安堵に変わったのでわざわざ追求することもないだろうとその疑問を呑み込んだ。
―――ここならあの人の心の傷を癒せる。
ミツバがそう言っていたのを思い出し、土方は彼女の言う通りだと思った。
あんなふうに怯えた表情なんてもうさせない。銀時がどう思おうと、自分達は彼を“家族”だと思っている。
自分がかつて近藤達に救われたように銀時を護ろう。それが彼を拾った己の責任だ。
土方は心の中でそう決意した。
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「姉上ー、ただいま戻りました」
「そーちゃん、お帰りなさい。・・・あら?そちらは?」
優しげな風貌の女性が二人を出迎える。
年の頃は自分とそう変わらないだろう。銀時は軽く会釈をした。
「今日、アイツが拾って来たんです」
「アイツ?・・・あぁ、十四郎さんが?」
沖田の説明にふわふわと笑い、彼女は銀時に向き直った。
「はじめまして、そーちゃんの姉の沖田ミツバと申します」
「俺は坂田銀時。お宅の弟さんに話題提供しろって言われて連れて来られましたァ」
そう言えば、沖田がムッとして振り返る。
「そういうの、フツー黙ってるもんだろ!!」
「いやいや、隠し事はいけないよ。そーちゃん」
「!・・・お前にそーちゃんなんて呼ばれたくない!!」
「こら!そーちゃん!・・・ごめんなさいね、悪気はないんですよ」
叱りながら沖田を抱きとめるミツバに、銀時は頷く。
「あぁ、わかってるよ。表に出してるよりは嫌われてねーってのは」
でなければ、あれ程大事に思っているらしい姉に会わせようなどとはしないだろう。
「あらあら・・・良かったわね、そーちゃん」
「・・・ッ!!」
フイッと顔を背けた沖田の頬に朱がさしていて、素直じゃないなと思う。
「・・・ここは、戦争に巻き込まれずに済んだんだな」
ポツリ、と銀時が呟くように言う。
「ええ、こんな田舎ですから」
「・・・・・・そうか・・・」
「・・・あなたは、戦争に参加されてたんですね」
ミツバに言われて目を瞠る。土方にも言われたことだが、そんなにもわかりやすいだろうかと思う。
「そんなにわかるもんか?」
「雰囲気でわかりますよ・・・ああ、この人は一瞬も気を緩めることのできない場所で暮らしてきたんだなって、そう感じるんです」
微笑みの中にも悲しみが窺えて、銀時は苦笑した。
「なんで、アンタがそんな顔するんだ。人の痛みまで感じとる必要なんざねェよ」
「・・・痛みばかりを感じ取っているわけじゃありませんよ」
やんわりと否定して、ミツバは縁側へと銀時を招く。
「そーちゃん、あなたは荷物を置いてらっしゃい」
「はい、姉上」
素直に従う沖田を見送り、銀時は溜息を漏らす。
「アンタと近藤さん以外には懐かねェって感じだな」
「あら、あなたにも懐いてるみたいに見えるんですけど。・・・今日会ったばかりなのに、あの子ったら遠慮も無しにあなたにひっついて。・・・珍しいんですよ、初対面の相手にあそこまで近付くの」
「・・・アイツの嫌いなヤツに似てるらしくてね」
銀時が肩を竦めると、ミツバはクスクスと笑った。
「ああ、それで。・・・確かに、近藤さんの道場に来たばかりの頃の十四郎さんに似てるかもしれませんね」
「・・・迷惑かける前に出て行こうって思ったんだけどな。お宅の弟さんに引き留められたよ」
「理由、言ってました?」
「近藤さんが探して追いかけるから、だと」
「そーちゃん、あなたに十四郎さんを重ねて見ているのかもしれませんね」
「だとしても、十四郎と俺とでは状況も何もかも違うんだがな」
銀時が言えば、ミツバは表情を暗くした。
「・・・残党狩りを幕府が命じているそうですね」
「だからだよ。俺の容貌は目立つ・・・それに、匿ったりなんかしたら、同罪だと言われかねねェし」
「・・・それでも、救った命をはいそうですかと放り出すような人じゃありませんよ、近藤さんも十四郎さんも・・・もちろん、私やそーちゃんも」
「あーあ・・・厄介な連中に拾われちまったな・・・」
それでも、嫌だと思わない自分がいる。
こんなお人よしの連中を巻き込むわけにはいかないと思いながらも心地が良くて。
もし、赦されるのならば―――。
「坂田さん・・・」
「ん?」
「・・・私はそれ程長くないと思います。だから、そーちゃんのことお願いできませんか?・・・近藤さんも十四郎さんもいますけど、坂田さんもいてくだされば、もっとそーちゃんは寂しくないと思うんです」
「おいおい、やめてくれよ・・・俺は人を世話できるような人間じゃない」
「いいえ、わかります。・・・あなたは人一倍誰かを護ろうとする人です」
心を見透かされたような気がした。
護りたい。
己の魂を。魂に刻んだ願いを。
大切な人を―――護りたい。
「・・・・・・ったく、姉弟して俺を引き留めようとして」
苦笑する。
幼い頃の穏やかな生活を、何度戦場で夢見たことだろう。
ここにあるのはそんな穏やかな生活だ。
人が近付いても寝こけていた時点で気付くべきだった。もう己はこの場所に囚われている。
「だって、あなた放っておけないんですもの。・・・あなたは独りになってはいけない人。護るべき相手がいてはじめて強くなれる人です」
重なる。
ミツバの笑みが、あの人に。
「ひでェなぁ・・・俺ァ・・・」
言葉を詰まらせ、銀時は俯く。
「ここにいてください・・・ここはあなたの心の傷を癒すのに最適な場所だと思いますよ」
ミツバのやわらかな声が耳に届く。
―――先生・・・また、護りたい人達ができました。
今は亡き師も喜んでくれるだろうか。
師の教えを今度こそ守ろうと、そう、誓った。
***
銀時が土方に拾われて一週間が経った。
すっかり体調も元通りになり、銀時は初めて近藤の元に来ている沖田と土方以外の門下生達に引き合わされた。
皆、近藤の人柄に惹かれて通っている者達ばかりで、道場主と門下生というよりも兄弟といった方が良いような気安い関係だった。
そして異物であるはずの銀時に嫌な顔ひとつ見せず、近藤が拾ったと言えば、またかと笑っただけで受け入れられてしまった。
「(先生に拾われて塾に連れて行かれた時みてぇ・・・)」
「近藤さんはああ見えても人を見る目があるんだよ・・・俺達ァ、その近藤さんの目を信じてんだ」
土方が遠巻きに彼等を見ていた銀時に近付いて来てポン、と背中を叩く。
「・・・ん」
「・・・・・・出てこうとしたって?」
「・・・あぁ、まぁ・・・そーちゃんとそのおねーさんに止められたけどな」
「らしいな・・・アイツ・・・ミツバから聞いた」
「そっか・・・」
沈黙が訪れる。だが、それすらも心地良いと感じる。
「ずっと忘れてた・・・こんな気持ち」
「・・・戦争ってのは、そんなにひでぇもんだったのか?」
「終盤じゃ仲間内でもピリピリしてたな・・・意見の違いとか・・・脱走者もいたし」
あの時のことを思い出すと、苦いものが口の中に広がる。
大勢の仲間が死んで、それにいちいち悲しむこともできずに突き進んで行かなければならなかった。
心が麻痺していくのを感じながら戦ってきたのだ。
「もう、戦争は終わった。・・・皆、天人の支配を受け入れる覚悟ができちまった。これからこの国は天人の持ち込む物でいっぱいになるんだろ。支配されるぶんその恩恵も受けられるってワケだ」
土方がそう言って銀時の表情を伺う。
「・・・そうだなァ・・・元々、俺ァ攘夷とかそんなんどうでも良かったし・・・天人追従って言われても抵抗はねェな」
「そうなのか?」
銀時が頷けば、土方は軽く目を瞠り首を傾げた。
「ああ、ダチが先に参加するって決めてな、そいつ等を護りたくて付いて行ったんだ」
結局護れなかったけどなァ、と呟く銀時を見つめ、土方は溜息をついた。
「俺もだ・・・兄貴を護れなかった」
「?」
「・・・村が大火事になったことがあってな、俺の実家は結構な豪農で・・・火災に乗じて暴漢が押し入ってきたんだよ・・・俺が何人かは返り討ちにしてやったんだが、やり損ねた奴に逆に襲われかけて、兄貴に庇われた」
「・・・その兄貴ってのは、どうなった?」
「目ェ、やられてな・・・何にも見えねェんだってさ・・・」
「そっか・・・」
ここまで似た境遇の人間とこうして出会うなんて、なんという偶然なのかと嘆息する。
「なぁ、十四郎・・・もし、残党狩りがここまできたら・・・」
「テメェを差し出せって?・・・冗談じゃねェ。一度は助けた人間を見捨てるわきゃねェだろ。近藤さんだってそんなの許さねェよ」
「・・・俺、まだ何も言ってねーのに」
「言われなくてもわかる」
「あっそう・・・」
ミツバの言った通りの答えが返ってきて、銀時は肩を竦める。
見上げれば雲ひとつない青空が広がっていた。
戦場では晴天は嫌われた。曇天や雨天の方が敵から姿を隠せるからだ。今は、晴天を恨めしいと思うことはなくなった。
「いい天気だなぁ・・・川でも行くか!」
近藤がそう言うと、門下生達から歓声があがる。
6月も下旬、武州にも夏がやってきた。
「・・・川か・・・」
「テメェはやめとけよ。せっかく傷がふさがったんだ」
間髪を入れず土方に言われ、ムッとする。
「わかってんよ・・・」
傷が治りきらないままに放置していたから、あちこちが化膿していた。
手当てを受けていなければ、未だに痛んだに違いない。
「手当てする暇もねェくらいに・・・テメェ等は戦ってたんだな」
「・・・戦争なんざ、するもんじゃねェ」
「後悔、してんのか?」
「いや・・・後悔はしてねェよ・・・ただ、今となっちゃ無駄に犠牲を増やしただけだったのかもって、冷静に考えちまうんだよな・・・」
失われなくても良い命を、自分達が立てた作戦で失わせた―――のかもしれない。
「んなもん、テメェのせいじゃねぇだろ。・・・戦争に参加するって決めたときから死ぬ覚悟が出来てて当然だ。違うか?」
覚悟。そう言われて、銀時は苦笑した。
「・・・俺ァ、死ぬ覚悟なんてしてなかったなァ・・・俺がしてたのは、生きる覚悟だ」
「・・・そういう覚悟も有り、だな」
フッと土方は笑った。
「おーい!トシ、銀時!・・・川行くぞぉ~!」
すっかり準備万端の近藤がブンブンと手を振っている。
「今行くよ、近藤さん!」
そう返事をして、土方がバシッと銀時の背中を叩く。
「行くぞ、銀時」
「・・・おう」
ここは平和だ。
いつまでも、この平和が続けばいい。
この夜叉の力を眠らせたままでいられるように―――。
***
「がははは!ほら見ろ、総悟!でっけぇ魚だぞ!!」
豪快に笑いながら、近藤が手掴みで魚を持ち上げる。
「すげぇや!近藤さん!」
「(ふんどし一丁で・・・ほんと、平和だな。ここは)」
川で水浴びをする面々を眺めながら、銀時がふっと笑みを漏らす。
廃刀令に従うつもりではいるものの、丸腰に未だ抵抗感のある銀時は、近藤に言って道場から木刀を借りて腰に差している。
「よぅし!もっと獲って、今日の夕飯を豪華にするぞ~!!」
張り切る近藤に、門下生達も負けじと川の中に手を突っ込む。
それは土方や沖田も例外ではない。
「・・・楽しそうだなァ」
子どもの頃に川遊びをした記憶がよみがえり、懐かしさに目を細めた。
その時複数の人の気配が近づいてくるのを感じ、銀時は何気なくそちらに視線を向け、表情を強張らせた。
「こんなところで・・・水遊びかよ・・・俺達がどんな思いで戦ってたかも知らねぇで、のん気なもんだ」
「魚か・・・貴様等それを寄越せ。国のために微衷を尽くした志士への捧げ物とせよ」
ボロボロになった戦装束、荒みきった目。
こんな平和な場所にも、敗戦の余波がやってきた。己が辿り着いたのだから他の志士も辿り着く可能性はあった。
しかもこんな恩着せがましいことを言って、たった数匹の魚を巻き上げようとするほどに、この志士達は追い詰められている。
近藤達は言うまでもなく丸腰だ。荷は銀時の足元にある。ここまで来る前に志士達の持つ刀の餌食になってしまうだろう。
「・・・フン、偉そうなこと言って、負けた奴らに捧げるもんなんかない!」
「そ、総悟!!」
沖田が怒りをあおるような言葉を口にして、近藤が慌ててその口を塞ぐ。
「何ィ?・・・貴様、我等攘夷志士を愚弄するかァ!!」
「子どもとて容赦はせぬぞ!!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!!・・・こいつはまだ小さくて―――」
色めき立つ攘夷志士達に、近藤が謝罪を口にしようとしたときだった。
「・・・謝る必要なんざねェよ、近藤さん」
土方が近藤を制して前に出た。
「情けねェとは思わねェか?・・・丸腰の相手脅してたった数匹の魚巻き上げて、攘夷志士の名が聞いて呆れるぜ」
「何だと!!」
挑発とも取れるその言葉に、とうとう志士達は腰のものを抜いた。
「と、トシ!!」
慌てる近藤には見えていなかったが、土方には見えていた。
彼が不快そうに眉間にしわを寄せ、腰に佩いた木刀に手をやるのを。
「(お手並み拝見ってヤツだな)」
ニ、と笑った土方めがけ、志士達が飛び掛ろうとし―――その中の一人の刀が弾き飛ばされた。
「っ、何!?」
志士達が目を瞠る。
いつの間に銀時が目の前にきたのか、わからなかったらしい。
もちろん、近藤達も目を丸くしてこちらを見ているのを背中に感じた。
「ほんっとに、情けないったらありゃしねぇ・・・敗走すんのはしょうがねぇにしても・・・丸腰の相手に刀向けたらおしめェだろうがよ」
トントンと木刀で肩を叩き、志士達を睨みすえる銀時。
よく考えてみれば、所属していた部隊では幹部扱いで顔も知られていたが、他の部隊にはその容姿と二つ名のみが伝わって、真実の姿を知るものはほとんどいない。
目の前の相手を見れば、自分の容姿を見てもぴんと来た様子はない。
それも当然だろう。銀時のまだ少年の域を出ていない体つきは、尾ひれがついて広まった“白夜叉”像と似ても似つかぬものだったのだから。
「おのれ、小童がなめおって・・・!!」
あの一瞬で実力差はわかったはずだった。なのに、銀時が手を抜いていることにすら気づいていない。
おそらく、近藤達にはわかったのだろう。後ろで息を呑んだ様子が伝わってくる。
―――怖い。アイツ、あんなに血で真っ赤に染まって、まるで血をすすってるようじゃないか・・・!!!
戦争に参加したばかりの頃は心無い言葉に傷ついたこともあった。
次第に“白夜叉”とはそういう“モノ”だという認識に変わっていき、わずか数人にしか心を開けなくなった。
それでも、この力は大切なものを護るために揮おうと決めていたから、まっすぐに進んでこれた。
「(先生、俺は・・・こいつ等を護りてェんだ。もし、拒絶されたとしても・・・護れないよりかはずっとマシだ)」
刀を振り上げて飛び掛ってきた志士をひらりとかわし、そのわき腹に木刀を叩き込む。
「ぅぐ!!」
どう、と倒れた志士には目も向けず、銀時は次の相手の肩口に突きを繰り出す。
「ぐあぁッ!!」
二人とも骨の一、二本はイっているはずだ。これで退くならば良し、退かないならば・・・。
「キサマァ!!」
・・・ぜんっぜん退く気はないらしい。
「・・・はァ、お前等よく生き残れたな・・・」
思わず感心してしまう。
彼等を指揮した隊長格の人間がよほど優秀だったのか、戦場にほとんど出たことがない補給部隊だったのか、どちらにしてもよく残党狩りから逃れて生き残れていたものだ。
フッと息を吐き、残った連中を片付けるために銀時は木刀を構えた。
***
まるで、舞を舞っているかのように銀時は志士達を翻弄し、木刀で昏倒させていく。
ほんの少しの間銀時に彼等の気を引いてもらえれば、荷の中にある練習用の竹刀や木刀で応戦できると考えていた土方は、呆然とその姿を見ていた。
「・・・思ってたより、強いなァ・・・」
近藤も目を丸くして呟く。
傷の手当をした際にその筋肉のつき方を見て、コイツは相当強いと口にした近藤の目は間違っていなかったということだ。
その発言のせいで沖田が最初から噛み付いたのだが。
その沖田がどんな反応をしているのかと視線を送れば、純粋にその強さに見入り、頬を紅潮させて目を輝かせている。
ありゃオチたなと思った。あの目は近藤を見る目と同じだ。
そもそも、銀時は己のように沖田に嫌われてはいない。なぜそういう流れになったかはわからないが、会ったその日に自宅へ連れて行ったのだから、相当気に入られたのだろうと近藤が言っていた。
更にはこれほど強いとなれば、沖田がオチるのも当然と思えた。
と他人事のように分析しているが、土方もまた、銀時の決まった型がない我流のもののように見えて、舞のような美しさがある戦い方に見惚れている。
アレはすごい。攘夷戦争末期を戦い抜いてきた者の強さをまざまざと見せ付けられてしまった。相手の志士達もそれ相応に力はあったのだろうが、格が違いすぎる。
あっという間に志士達をのしてしまった銀時は、息切れひとつせずに彼等を眺め、肩を落とした。
同じ攘夷志士を名乗る者達の堕落ぶりに落胆したのだろう。そう思ったら何か言わなくてはと口を開きかけ、スッと脇から近藤が動いたのを横目に見て口を閉ざした。
「いやァ、強いなぁ!!銀時!」
バシン、と背中を叩かれて銀時が前につんのめる。
「・・・イテェよ!!近藤さん!!」
非難する銀時の表情が、一瞬ほっとして緩んだのに土方は気づいた。
「おお、すまんすまん!・・・しかし、加勢するつもりだったんだが俺達の出番はなかったなぁ~!」
「あ、ごめん・・・気分悪くしたのはお前らだったのに、俺が全部取っちゃったな」
銀時が苦笑したときだった、ガバリ、とその腰に沖田が引っ付いた。
「うぉ!?」
「お見逸れしやした!銀時の兄貴!!」
「ふへ!!?」
素っ頓狂な声をあげた銀時の気持ちが痛いほどよくわかった。
なんだその態度の変わり様。
ツッコミを入れたかったが、この場の空気がそれを許さなかった。
「俺に稽古をつけてくだせェ!!」
キラッキラとした目に見つめられて、銀時が身じろぎする。
「ちょ、ちょっと待てって・・・銀時の兄貴って・・・」
「お嫌でしたか!!じゃあ、銀兄ィって呼ばせて頂いてもよろしいでござんすか!?」
「あー、えーと・・・???」
目を白黒とさせる銀時は、なんでいきなりこんなに懐かれているのかさっぱりわからないといった表情だ。
「あっはっはっはっ!!すっかり総悟に気に入られちまったなァ、銀時。好きに呼ばせてやってくれ。コイツがこんなに懐くのは本当に珍しいんだ」
そう言って近藤がダメ押しすれば、彼はがくり、とうなだれた。
「もう、好きにして・・・」
疲れた声を出した銀時に、他の門下生達も近付いてそれぞれに声をかけている。
離れた場所から見ていた土方には、銀時の表情の変化がよく見えた。
どんな状況下で戦っていたのかは知らないが対人関係はあまり良くなかったらしい。土方がそう気付いてしまうくらいに銀時は身構えていた。
とはいえ近藤達の底抜けに明るい表情と言葉に、怯えが安堵に変わったのでわざわざ追求することもないだろうとその疑問を呑み込んだ。
―――ここならあの人の心の傷を癒せる。
ミツバがそう言っていたのを思い出し、土方は彼女の言う通りだと思った。
あんなふうに怯えた表情なんてもうさせない。銀時がどう思おうと、自分達は彼を“家族”だと思っている。
自分がかつて近藤達に救われたように銀時を護ろう。それが彼を拾った己の責任だ。
土方は心の中でそう決意した。
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